桜井寛のモチーフ

桜井寛 Hiroshi Sakurai oil paintings

'91 めだま焼き F3 油彩
a fried egg  oil painting

・モチーフ私考___桜井寛

 17世紀オランダの版画家セーヘルスの作品の中に「三冊の本」という版画がある。それは二冊の大きい本の間にはさまれた小さな一冊の本がまるで二冊の本にのみ込まれるように描かれている版画で、それを見たときは大きな衝撃を受けた。まさにそれは生きものが口を大きくあけ餌をのみこんでいるように見えた。
 1950年代のはじめ私はトランクに衣類や本をつめて上京したことを思い出す。みんな食べて生きて行くことに必死だった。そう、なけなしのわずかな米も入れて。今もそれは私のアトリエの隅に座っている。取手もふたもこわれかかって。
 私のモチーフとのかかわりが生まれてくるのはその頃からである。文壇では、野間宏の「暗い絵」とか椎名麟三の「重き流れの中に」といった小説が若者の間で話題となり、私達は東京の池袋西日あたりにあったバラックの安飲屋で深夜まで熱っぼく絵画論をたたかわせたが、やり切れないような暗く重いものが胃の中に残った。
 そんなある日、友人の家で絵をもちよって合評会をしようということになった。友人の知り合いという見知らぬ年長の男が先に来ていて、当然のように私達の絵を批評しだした。特に私の作品をターゲットにして、プロレタリアだとか、ブルジョアジーとか、大衆といった言葉が機関銃のようにとび交った。私が反論してもとうていかなう相手ではなかった。その夜、私はポロボロの気持で学校の寮に疲れ果てて帰った。
 絵画の自由を信じ、その表現の中では何の束縛もない世界を夢みた若者にとってその傷は永いこと心の中に残った。
 その時をさかいにして、私の中に生まれたことは「個を深めることに徹していこう」という思いだった。声高に絵画のイズムやテーマ性をいうことをやめよう。そして自己の内面凝視に力を注いでいこうと思った。
 それからの私は荒野にさまよい出したように、自分の生活の周辺を手さぐりで歩きはじめていたのである。長い間「牛」や「牛骨の静物」をモチーフにしてきた制作から私は少しずつ「私の静物達」に変わりはじめていた。それは1970年代のはじめ頃からで、ごく日常的な身近なもののモチーフが感動をもってあらわれてた。何とも永い道程であった。
 最初に姿をあらわしたものは、私の着ふるした“背広"であった。椅子にかけられた背広はあたかも座る人物を感じ、つぎつぎにモチーフはあらわれてくる予感があった。
 “黒いベッド"が描かれたのはそのような時だった。私は1972年に個展を予定していたし、つきつめた日日はごく自然に自分の“古ぼけたベッド"に向かわせた。画面半分より下に横一線に黒々としたベッドが深い青の中にあらわれた。今、かすかな糸でつながっているその過程を内面からひきよせて見ると、「ベッド」は私が描いたのではなく、すでに「ベッド」が先に現われたのだ。そう、絵が先にたって私があとからついていったような思いがある。私が見ていたものは暗い深い青にとりかこまれた黒いベッドの闇の中の光だったような気がする。ベッドは闇の中に息づいているように見えた。静かに生きものが横たわっているようなイメージがあった。
その時に絵は生きものとなったのだ。前述のセーヘルスの“三冊の本"にもいえることであるが幻想とはその時立ちあらわれてくるものではなかろうか。要はリアリテが極めることにあった。ベッドのリアリテが極まったときベッドはうごめきはじめて見えた。リアリテが極まったときベッドの自然なデフォルメがあらわれた。当然パースペクテイプは無視され、かえってベッドの存在感がストレートに伝わってきた。それからというもの私は身のまわりの品々、そう“もの"といわれる私をひきつけるものをすくい上げればよかった。前述の背広やベッドや、アトリエの隅に永い間じっと座っていたカバンも椅子もテープルも浴槽も、そして目だま焼きも。
 私の身のまわりを延々と“もの"が通過し私はそれらの中の一つをある時、突然すくいあげる。すくいあげられた“もの"は私とどこかで有機的に結びあっていた。それは永い時間の中から生まれる愛着なのかも知れない。そしてそれらがやがて姿をあらわしてくれるまで画面の中に没入すればいいのだった。1975年、私はヨーロッパに旅立った。スペインでの生活は私自身が考えたこともなかった視野をひらいてくれた。乾いた大地の果てに残された城址や「捨てた村」への廃嬢への興味は私を風景画へとかりたてた。スペインバロックの黒の深さとかさなって黒い大地の中の廃墟はこわれかかりくずれ落ちてもかすかに人間の痕跡を残していた。
 私にとってはモチーフから触発されたイメージがいかに持続するかにかかってくる。だから一つの作品にかける時間的かかわりを考えて見ると、大方はその絵のまわりをうろうろして、絵具を塗りかさね、あるいはけずり取るという表現の行為の中で、いつかあらわれてくるであろうリアリズムの極みの果てに見えてくる絵がふるえてくるような見えないものをまっているのである。
 最近は“目だま焼き"を描きつづけている。私にとって卵への思いは最も日常的なモチーフなのに、戦争とオーバラップして、それは欠乏という名の中で不思議なイメージをつくりだしてきている。

(04クロニクルより)

'85 三冊の本 F6 油彩
three books  oil painting
 
'82 鞄のある静物 F100 油彩
a still life with a trunk  oil painting
 
'71 背広のある静物 F100 油彩
a still life with a jacket  oil painting
 
'72 静物(ベッド) F120 油彩
a still life < a bed >  oil painting
 
'82 捨てた村 P80 油彩
the abandoned village  oil painting

 

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